January 13, 2015

ホノルル記(18)

ワイキキを歩いていると、日本語の情報誌の種類の多さに驚く。日本人観光客はいたけど、そんなにいるのかなぁ、、っていうほど、情報誌の数はすごかった。暇つぶしに、ひとつふたつ読んでみると、レストランのディナーの値段が尋常じゃぁない。「ああ、これで日本人は皆『ハワイは物価が高い』っていうのか」と思うほど。ディナー$100は常識??

そういう豪華なディナーとは関係なく、私が大喜びしたのは

Zippy's ハワイ料理のファミレス。私が行ったのは12月の後半、1月の正月スペシャルが純和風で、煮しめやお雑煮の写真がずらり。ああ、あのメニューの写真とってくればよかった。日本のファミレスだって、和洋中が並んでたりするから、ハワイのファミレスに煮しめがあったって絶対いいんだけど。日系人が「おばあちゃんの味」とか思って注文するのかなぁ。煮しめなんて簡単に作れるので、なにもファミレスで食べようとは思わないんだけど、カツとかBBQ、マカロニサラダに混じって純和風のお正月料理はちょっと感動したなぁ。この「文化のズレ」みたいなところを味わってみたい気もする。正月にZippy'sに行って、いったいどんな人たちが日本の正月料理を注文しているのか、観察してみるのも楽しいか。

ホノルルに二週間行くって言ったら、日本人の友達が「おすすめレストラン」のリストをくれた。なんと全部日本食。定食はここがいいとか、お寿司は、、、行く前に私は「別に和食を食べに行くんじゃな」と思ったのです。

でも、行きました。
Made In Hawaii Foods いちご大福がおいしい。最初は様子がわからないので2時ごろ行ったら、とっくに売り切れてました。1週間後に再挑戦、開店(11時)前に行って、大人買い。サンフランシスコでもときどき見かけますが、中国人がやっているのかカラフルすぎて食指が動かないような和菓子があります。ハワイでいちご大福が食べたいと言ったら、最初そういうところに連れて行かれました。幸い、休みの日だったのでそこでは買いませんでした。ちゃんと「ここに行きたい」と言わないといけない。どこでもいいわけじゃない。Made in Hawaii Foods の大福は、いちご大福だけじゃなくて、チョコレート、ハウピア、コーヒープリン、チーズケーキなど、いろんな物が入ったやつがあります。いくつか試したけど、どれもなかなか、、、こりゃぁ、2、3時間で売り切れるわけだ。なぜか相撲取りといちご大福のイラストのTシャツまで買ってしまいました。

(つづく)



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ホノルル記(17)

ハワイから戻って2週間になるのに、私の頭の中はハワイだらけ。L&Lのサイミン・バーガーが恋しくなって、昨日サンマテオのL&Lに行きました。なんと、あの、サイミン・バーガーがない!メニューにない!こんなことって、、、いったい、、、

「まさか!」そう思って、日本のL&Lのメニューをチェック。やっぱりない!サンの麺が入手できないのか??

追記:天は私を見捨てなかった。ハワイ州外のL&Lでサイミン・バーガーのある場所のリスト発見。
http://hawaiianbarbecue.com/live/2014/01/31/introducing-l-ls-new-saimin-burger/

(つづく)

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January 11, 2015

ホノルル記(16)

オアフ島2週間の滞在中、電車には一度も乗らなかった。ないものは乗れない。でも、次回は是非乗りたい。

ホノルル滞在中のある日、西側のビーチにサーファーやスノーケリング船を眺めに行った。ビーチの後ろの駐車場に入るとき、単線の線路を越えていった。「あれ?オアフには電車はないんじゃなかった?」草ボーボーなので、使われていないんだろう。廃線になっちゃったのか、、、でも、こんな人工の少ない、低所得者が多く住んでいる地域になぜ?

聞いてみると、昔、収穫されたサトウキビを運搬するための蒸気機関車が走っていたのだとか。一時はホノルルから西回りでハレイワまで走っていたらしい。現在、オアフ島西北のカエナ岬は電車はおろか車でも回れない。このあたりは海岸沿いの州立公園と丘の上には軍の衛星アンテナがあり、岬を回ってハレイワまで行くハイキング・トレイルはある。

現在、非営利団体ハワイ鉄道協会がエヴァ Ewa ・ナナクリ Nanakuli 間の線路を所有し、そのうちエヴァから カヘ・ポイント Kahe Point の間を毎週日曜日に、二往復運行している。私が線路を見たのは、カヘ・ポイントよりはかなり北なので、この列車は来ない。昔は蒸気が走っていたが、この観光列車はディーゼル。

私は人寄せパンダが嫌いなので、ポリネシア文化センターシーライフ・パーク、そしてドール・プランテーションはすべて総スカン。でも、ドール・プランテーションの園内にパイナップル・エクスプレスが走っていることは聞いていたので、気にはなっていた。ネットで調べる限りは、「昔パイナップルを運んでいた」とは書いていないので、観光農園にしたときに線路を引いたのかもしれない。機関車は観光農園のために特注したものらしい。

私は鉄道マニアでも何でもないが、アメリカの自転車乗りとしては当然車以外の、ガソリンを使わない交通機関には興味がある。ホノルル電鉄、2011年に竣工しました!あちこちで高架線路の建設がみられます。カポレイ東からアラモアナまで、全長20マイル(32Km)のうち、カポレイ東からアロハ・スタジアムまでが2017年に開通、そしてアラモアナまでは2019年に開通予定。無人運転で、WiFi完備。自転車持ち込みOK。これは人寄せパンダではありません。実用そのもの。ワイキキのホテル群まで行かないのが残念といえば、残念。官庁やビジネスビルの集中するエリアやホテルやレストランに通勤する人たちのためなのでしょう。観光客が空港からアラモアナまで行っても、ホテル街まで歩いては行かれない。それでも、空港からタクシー飛ばすよりはアラモアナからタクシーに乗ったほうが安い。是非乗りたい。。。でも、開通前にまたハワイに行きたい!

(つづく)

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ホノルル記(15)

ホノルル出身のKと仲良くなる前、私がいったいハワイについて何を知っていたかと言うと、大変疑問である。ワイキキにはいっぱい日光浴の白人が転がってる、拓郎が好きで毎年正月に行く(最近は知らない)、ヒロには日系人がたくさん住んでいる、キラウエアという活火山があって、真っ赤な溶岩流がある、真珠湾50年の記念式典には日本の要人は招待されなかった、ハワイの人工の半分近くが日系人だったので第二次世界大戦で本土西側の日系人がすべて強制収容所に入れられた時ハワイでは要人のみが入れられた、ハワイには県人会がある(もうないらしい)、アロハシャツ、ウクレレ、ペダルスチールギター(名前は知らなかった)、フラダンス、相撲取り、カメハメハ、、、、

そうそう、ずっと疑問に思ってたのが、ハワイがアメリカになる前、それを嫌がったハワイ王朝が日本の皇族との結婚するという話があったが破談になったとか。これって、ニッポンの常識?ハワイの常識ではないらしい。ハワイに住んでいる人は、全人口の1割しかいない先住民でなくても、ハワイの歴史や文化に詳しく、それを誇りに思っている。多くの人がフラダンス、ウクレレ、ハワイ語などを学び、それが上手なのは先住民でない人も多い。ハワイがアメリカの州になるまでには、いろんな事件、摩擦があったのですが、そういう歴史をみなよくしっている。学校でやるらしい。でも、日本の皇族の話を出すと「え、ほんと?」。この話が本当だったら、そして結婚話が破談にならなかったら、ハワイはアメリカの州じゃなくて、日本の県になってたかもしれないんだから。

だんだん私も「もしかして都市伝説?」「日本のメディアの捏造?」と疑いはじめた。ちゃんとウィキペディアに載ってました。

日本語 東伏見宮依仁親王(山階宮定麿王)

日本語 カイウラ二王女 

英語 Prince Higashifushimi Yorihito

英語 Ka'iulani

友人Kにその話をしたら、「ハワイが日本になったら、日本は真珠湾を攻撃しなくてすんだのにね」なるほど。。。歴史はどうなっていただろう。

(つづく)


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ホノルル記(14)

12/14から12/29までホノルルにいたので、もう1ヶ月近くも前のことですが、まだまだ「あの時のこと」ばかり思ってます。まぁ、2週間もお休みをいただいて、バケーションなんていったい何十年ぶりのことか。

友人Kのお母さんの車が借りられたので、私たちは狭いオアフ島を完全走破。ウィンドワード(Windward 風上、東側)をドライブしていたとき、Kが突然「あ、あれ見て!」と指差す。そこには高い椰子の木が、、、椰子の木なんて、そっこらじゅうにある。でも、この椰子の木はちょっと違う。フェイク、おもちゃ、人工、、、で、携帯のアンテナがついてる。椰子の木じゃない、クリスマスツリーみたいな三角の木のもありました。

私、全然知らなかったんだけど、(アメリカ)全国各地にあるんですね。ぐぐるといっぱい写真でてきます。以下のは、オアフ島の地元新聞の記事。

http://the.honoluluadvertiser.com/article/2002/Dec/10/ln/ln12a.html

http://the.honoluluadvertiser.com/article/2008/Jul/20/ln/hawaii807200375.html

(つづく)

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January 09, 2015

ホノルル記(13)

醤油のことを英語でソイ・ソース Soy sauce と言う。醤油の主原料は大豆。だから、大豆のことを英語でソイ・ビーンズ Soy beans という。そこまではいい。嘘じゃない。

でも、ハワイに行くと ショーユ Shoyu と ソイ・ソース Soy sauce というそれぞれ別のものが存在する。高校までホノルルだった友人Kに聞くと、Shouyu は甘くて、Soy sauce はしょっぱい。

ハワイに行く前からアロハ・ショーユの存在は知っていた。戦争が終わって間もない1946年に、ハワイの日系人によって始められた会社。サンフランシスコの日系スーパーでも見たことがあります。さすがハワイでハワイ料理を食べに行くと、必ずテーブルにはアロハ・ショーユ。和食レストランもアロハ・ショーユ。中華料理は行かなかったけど、たぶんアロハ。サンフランシスコはキッコーマンのシェアが大きそうだけど、ハワイじゃアロハらしい。

確かに原材料を見ると砂糖が入っている。さとうきび農園で有名なハワイだから、当然の成り行きだったのだろうか。本土でも見られる大型スーパーのセーフウェイ Safeway に行ってみると、当然アロハ・ショーユのほうが多く、そのお隣でほんのすこし日本の醤油が並んでいる。

レストランでアロハ・ショーユを一滴なめてみたけど、特に甘いという感じはしなかった。比較したわけではないし、一滴だったから、わからないけど。

(つづく)

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ホノルル記(12)

ハワイは面白かった。何が面白かったかと言うと、食と言語を通して見る、歴史と文化。ハワイ州人口の9割が住むというホノルルは、またハワイの中でも特別なところで、別の島に行くとかなり状況が違うはず。だから、ハワイ全体については私は何も知らない。ワイキキは当然観光客が多く、東洋人もいるけど、やはりビーチで転がっているのは白人が目立つ。アラモアナ・センターでお買い物しているのは、アジア人と白人と、その他。アジア人は、家族連れや若い女の子たち。最初の2、3日、ホノルルや郊外の真珠湾などに行き、わいた疑問は「ハワイの先住民は、どこ?」

本を読むと、昔政府が決めた、オアフ島には先住民のみが住める地域もある。先住民でないと入れないカメハメハ学校もある。でも、彼らは一体どこにいるんだろう。一緒に行ったKは、高校までホノルルだったので、私が「先住民が住んでいるところに行きたい」「先住民だけが住めるという地域に行き、そこのカフェでお茶がしたい」というと、Kはちょっと困った顔。ホピの村に行った時もそうだったけど、いきなり旅行者が行って「この人たちとお友達になりたい」とか、そういうわけにはいかない。運良くフレンドリーな人に会えば、30分ぐらい会話ができることもある。でも、現地で生活している人は私が観光客であることを知っているので、ズケズケと先住民の生活に入って行くことはできない。でも、「カフェでお茶」ぐらいだったら、失礼になることもない。

そういうわけで、先住民専用地区でカフェという希望は果たされなかったが、なんてことはないカメハメハ・ハイウェイやファーリントン・ハイウェイを行けば、歩いている人の色はホノルルとはまったく違う。ハレイワに行く途中、ドライブしながら景色のいいところで何箇所も止まった。景色のいいところは、主に観光客が来るので、日本人の観光バスにも遭遇したけど、お腹が減ってカフクのガーリック・シュリンプまで待てず、マラサダスの看板につられて入ってしまったUncle Bobo's の外の椅子には、隣のセブン・イレブンで買ったスラーピーのラージを飲んでる家族連れがいた。この人たちは、髪がくりくり。観光客の私は、ついかき氷の看板に目が行くのに、先住民はスラーピー。風下側(Leeward)、ファーリントン・ハイウェイ沿いは津波に備えた上げ底の住宅も多く、原住民ぽい人がたくさん生活しています。ワイアナエで行ったカイBBQ、その向いのL&Lも地元の人がちらほら。

一緒に行った友人Kは高校卒業までホノルルで、彼のすぐ下の弟一家も我々と同時期に里帰り。義理の妹が、おばあちゃんに聞いた「うちの家族は、先住民の血は一滴も入ってないの?」全然混ざってないらしい。他のはいろいろ混ざってるのに。おばあちんが続ける、「ハワイ先住民だったら、カメハメハ学校に授業料ただで入れるのよ。」調べてみたら、1959年以前の祖先に先住民がいればいいらしい。19世紀から混血の進むハワイで、どうやって証明するのか興味深い。でも、Kの一家は入れない。

ふとKに聞いてみました。日本に来る相撲取りや、歌手のイズなど、ハワイ先住民というと太ったイメージがあるが、実際に肥満率は特に高いのか?Kは「いや、特にそんなことはないと思う」とのこと。街で見かける人も、特に太った人が多いという印象はなかった。太った人もいたけど、それは私も同じこと。まぁ、これは統計ではないので、実際の数字はわかりません。

(つづく)


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January 08, 2015

ホノルル記(11)

サンフランシスコに引っ越して間もない頃、、、というのはずーーーーっと前の話なのですが、一時帰国して昔の友達に会ったら「海外に住むのは、逃げだと思う」と言われた。

ハワイに2週間言って、大喜びして帰ってきたら、今度は「ハワイに移住している日本人は、本当は負けているのに勝っているような顔をしている」と言われた。私はハワイに移住する予定も希望もまったくないけれど。

どうやら「同じところに住んで、同じことを続けて、辛抱、我慢することが良いことだ」という考え方があるらしい。何も引っ越すことが良いなんて思わないけど、それぞれの人生で、引っ越す人、転職する人、結婚する人、離婚する人、人生をやり直す人、見直す人、いろんな人がいる。また、住所も職も家庭環境もずっと同じ人もいる。継続は力なりということはあるけれど、それは何でも続けることが必ず良いいう意味でもないだろう。

他人の引っ越しごときに「お前は逃げてる」とか「負けてるくせに勝ったような顔をしている」と言うみなさん、そんなに頑張らなくても大丈夫。しんどかったら逃げてもいい。負けたっていい。自分に優しくしてあげよう。

(つづく)

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January 05, 2015

ホノルル記(10)

サンフランシスコで野生で見かけるのは、カモメ、スカンク、オポッサム、リス。ハトとかネズミもいます。オアフ島には、違う野生動物がいる。

オアフ島で驚いたのは、野生化した鶏。誰も餌をやらないので痩せてます。車でちょっと上の方、家が少なくなってくるあたり、または観光客が餌をやるのか観光スポットの駐車場などにもいます。なかなか綺麗なのがいて、ちょっと感動。

オアフはカウアイ島に比べると全然少ないのだそうだが、それでも綺麗なニワトリを見かけるたびに初ハワイの私の頭は「??」。これは、ポリネシア人や、その後の移民が船で持ってきたものが勝手に増えてしまったものだとか。カウアイ島では92年のハリケーンで養鶏場から多くのニワトリが逃げ、回収しきれず、野生のニワトリの数がかなり増えたのだとか。人口の多いオアフ島は、朝早くから雄鶏がコケコッコー!とやるとうるさくて、安眠妨害だということで。2006年から2、3年、政府が予算を立てて捕獲したのだとか。ネットで「野生のニワトリを食べるときは、鍋にお湯をわかし、鶏肉と一緒に石を入れる。石が柔らかくなってきたら、鶏肉も十分柔らかくなっています。」っていうのがあった。つまり、野生のチキンは硬くてとても食べられないということらしい。地鶏とかfree range とかいうけど、運動ささないのには意味があるらしい。私も運動しないと、食用チキンみたいになる〜

オアフ島の西側、マカハのあたりをドライブしていたとき、何度か目の前をマングースが横切って行きました。なんでも、さとうきび農園が主産業だった頃、ネズミがさとうきびを食べて困るので、インドからマングースをもってきたのが始まりだとか。当然、檻に入れて飼ったわけではなく、当時から野生化。今では、さとうきび農園はほとんどないので、食べるものも減ったのかもしれませんが、どうなんでしょう?残飯とか食べるのかなぁ?

(つづく)

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ホノルル記(9)

泊めてもらったお宅の奥さん、ナンシーさんがくれた Best Hawai'i Guidebook! Driving & Discovering O'ahu という本には、映画撮影が行われた場所が地図に書いてある。私は映画に興味がないので、わからないが、いろんなところでジュラシックパークの撮影ができそうだと思った。

特に西から北にかけては、崖がまるで爪を伸ばした巨人が山を縦にひっかいたようだし、シダだのバナナ(のような木)は、巨大なのが平然とあちこちに生えている。

アラスカは日照時間が長いから野菜が巨大に成長するという話を聞いたことがある。じゃぁ、日照時間の短いハワイは野菜が小さいんだろうか、、、そう思って野菜売り場を見に行かなかったので、わからない。ただ、「この木何の木(モンキーポッド)もそうだが、巨大な木をよく見かける。植物についてもっと知りたいと思って、2つの植物園に行ったが惨敗。この木何の木のあるモアナルアは、植物に標識が立っていない。原産地、一般名、学名など書いてくれると嬉しいんだけど。ネットで探しても、ハワイ原産の植物やエキゾチックな熱帯の花々についてはいろいろ書かれているが、オアフ島であちらこちらで見かける木については今のところ見つかっていない。

フォスター植物園は、多くの植物に名札はついていたが、ほとんど「見かけたことのない木」「外国から持ってきた木」が多く、無数にある椰子の木に至っては、いくら原産地が違っても学名が違っても、全部同じに見えてくる。

よく考えてみると、動物園に行っても、普通その辺に見かける動物はいない。普通見かけない動物を展示して見せるのが動物園。だから、あちこちで見かける木について学びたいと思って植物園に行ったのが間違えだったのかもしれない。

(つづく)

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ホノルル記(8)

ハワイには友人Kと一緒に行ったのですが、彼はホノルル出身なのでいろいろ詳しい。行く前に「ビーチもいいけど、ジャングルにハイキングに行こう」なんていう話になって、私は「え?ジャングル??」

サンフランシスコ近辺でも、ハイキング・トレイルには、グーグルマップのストリートビューが出るところがあります。当然車では入れないから、ザックに背の高いカメラを装着してハイキングコースに入るらしい。ハイキングコースも行く前に様子がチェックできるのでいい。そこで、オアフのマノア滝へのコースを調べてみたら、あるある。あります、ストリートビューが。鬱蒼と植物が生えている、それもカリフォルニアでは見かけない熱帯植物、こりゃぁ、どう見てもジャングル。

ハーフマラソンのトレーニングで膝を痛めた私は、今回は長距離のハイキングはできない。行ったのは、このマノア滝と、マカプウ灯台。どちらも1時間以内で、しろうとでもいけます。マノア滝は、一年中一部のトレイルが泥状態で、足元が悪いので要注意。ハイキング用の靴なんかいらないし、スリッパ(ビーサン)の人も平気で来てました。距離は短いけど、岩がごろごろしているところもあります。途中、後ろ向きの青年がゆっくり降りてくると思ったら、お婆さんの両手をもってあげていました。また、我々が登っているとき、すれ違いで降ってきた女性がすっころんで私にしがみついてきました。こっちだって転びそうなのに〜

マカプウ灯台は、灯台まで行くこともできますが、道がかなり険しいと地元の人が言っていました。舗装道をそのまま行くと、灯台の上に出てます。ハワイの青より青い海、どこまでもどっどーんと広がる水平線。そして、水平線に遠慮して、ちょっと上に広がる雲。水平線をよくみると、向こうの島がうっすらと見えました。お隣のモロカイ島だそうです。眼下、左側に見えるのはラビット・アイランド、つまりうさぎ島です。うさぎの頭の部分に見えるから、そう呼ばれるのだとか。うさぎというよりは、私には鉄腕アトムに見えるんだけど、、、ちなみに、マカプウ灯台への道は、ジャングルではありません。木があまりないので、日差しが強く、海から突風も吹く。幸運なことに、何匹もくじらを見ることができました。くじら鑑賞ツアーの船なんかあるらしいけど、マカプウからもよくみえました。くじらの潮吹きは何度も見たし、寝返り(違)してくれたので綺麗なしっぽも見えました。

(つづく)




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January 03, 2015

ホノルル記(7)

昔から日系人が多く、日本人観光客も、また戦後移住した日本人も多いホノルルです、別に日本語が聞こえたり、お寿司がおいしくても驚いたりはしません。でも、驚くこともありました。

ハワイの植物について知りたいと言ったら、連れていかれたのがモアナルア・ガーデン。予習なしで突然行ったのに、入った途端あのCMソングが口をついて出る。♪この木何の木、気になる木♪ 私が知ってるぐらいだから、かなり昔のCMソングです。でも、若い日本人観光客もいっぱいいたので今でもオンエアしてるんでしょうか。何のCMなのか、全く記憶にありませんでしたが、日立なんですね。(日立さん、ごめんなさい)

モアナルアに行く前から、きのこ状の巨木がスーパーの駐車場などにあって、日差しの強いハワイでは木陰というのは何よりもありがたい。駐車場全体にこの巨木が並んでいると、日陰を探して車を止める必要がなくなる。一緒に行った友人Kは、ホノルル出身なので私が「あの木、何の木?」と聞くとすぐに「モンキー・ポッド」と答えてくれました。モンキー・ポッドの中でもひときわ大きいのが、モアナルアの入り口から二本めの木。一本めのところで記念撮影している日本人、それじゃないそれじゃない。

運良く我々が行った時は、ほかに2、3人しか園内にはおらず、ゆっくり散策して回ることができました。大きなモンキー・ポッドのイラストに Konoki Nanno Ki と文字が入ったTシャツをおみやげに買って、車に戻った頃、ちらほらと雨。それと同時に、なぜか次々と観光バス。当然日本人ばっかり。雨降る前、観光バスが来る前でよかった〜

ちなみに、この木は「名前も知らない木」ではありません。地元の人はみんな知ってます。木は「日立の樹」と命名され、日立がおそらくお金を出しているのではないかと思います。「日立の樹」と書かれた日本語のパンフレットも用意されています。

それから、もう一つ驚いたのは、神社。サンフランシスコには日系のお寺や教会はいっぱいあるのに神社がない。以前はストックトンまで行けばあったんだけど、それがワシントン州に引っ越してしまった。宮司さんはアメリカ人(白人)。行ったことはないんだけど、どうやら山の中らしい。

ところが、ホノルルの中心をつっきる高速道路H1から何度も見かけたのが「金比羅神宮、太宰府天満宮」の看板。二つの看板が仲良く並んでいる。まったく違う神社でしょ?隣どおしなの?どうやら、建物としてはひとつで、この二つだけではなくその他5つの神社が合体している。ちゃんとホームページに歴史が書かれているが、要するに日本全国から移民が来て、みんな地元の神社に行きたいものだから、あっちこっちの御分霊をもらってきてハワイ分社を作った。でも、いちいち建物を建てるのはめんどくさいから、一箇所で全部やっている。こんな便利なやり方があったとは???これは、何度も高速道路から看板を見ただけで行ってません。

行ったのは出雲大社のほう。ネットのレビューで「ハワイ出雲大社」のお守りが珍しくてウケてるとあったので、私も買ってきました。オフィスのほうでは、信者(?)のボランティアが大勢一緒に作業してました。さまーずが行って有名になったらしいけど、私が行ったときも狭い境内に10〜20人の参拝客がいました。わざわざ神社に行こうと思ったのではなく、中華街のはずれでラーメン食べてたら、りっぱな鳥居が見えたのでスマホで調べてみたのです。そんなに神社がいっぱいあっても、つぶれないぐらい需要があるんですね。1860年とかから来ている日系人の子孫は、絶対神社なんか行かないだろうから、最近の移民が後を絶たないっていうことでしょうか。普段は神社なんかいらない(笑)けど、初詣、七五三とか、、、やっぱりないと寂しいかも。

ホノルル滞在中は、友人Kの弟(=A)の家に居候。ある朝、Kと私が「今日はどこに行こうか、ランチはどこがいいかな」みたいな話をしていたら、Aが「Shirokiyaに行けば?」という。ネイティブの英語なので、最初何のことかわからなかった。私が「え?」っていう顔をすると、丁寧に「シロキヤ」と発音してくれました。白木屋?昔そんな名前の飲み屋さんがあったような、、でも、そういう話はしていない。「シロキヤって何?」と聞いてみると、「日本のデパート」という話。私は東京の出身なので、東京にないデパートは知らない。きっと地方のデパートだろうぐらいに思って、その場は適当に話を流す。実際に行ってみると、季節柄お歳暮売り場が立派でびっくり。立派と言っても日本のデパートに比べたら大したことはない。品数も大したことがないが、商品も大したことはない、、感じがしました。私はハワイでお歳暮をあげる人はいないので、特に注意して見なかったけど、紙箱入りのおせんべいのようなものが多かった印象。

その日は、お弁当売り場で、ポケだのスパム・ムスビだの買って、ビーチで日本人の新婚さんの写真撮影(なんと12組!)を見ながら、ゆるゆるのハワイアン・タイム。SFに帰ってから「あの白木屋って何だったんだろう?」と調べてびっくり。

ウィキペディアによると慶安年間(1662年、家光の時代)に京都の材木屋だったのが白木屋のはじまりで、(ああ、材木だから、白「木」屋か、、)、江戸に移って呉服屋になって、百貨店になった。戦後、東急電鉄に買収され、国内では白木屋の名前はなくなったにもかかわらず、買収の数年後にはハワイに白木屋の名前でデパートを開店。2001年に海外事業からの撤退を決め、マウイ店とパールリッジ店を閉めたが、3万人の嘆願書をウケ、アラナモア店は閉鎖せず、店舗とその経営権を現地経営陣に1ドルで売却。Shirokiya のホームページには1662年に東京の乾物屋として始まったと書いてある。お歳暮は別としても、多くの商品は日本語を介さぬアメリカ人や観光客も興味を持ちそうな「ジャパニーズ・アイテム」が多く、ホームページも英語のみ。ホームページでも「350年の歴史」とかうたってるので、現地の人も日本人の私なら「白木屋の名前を知っているはず」と思うのも当然のこと。

(つづく)

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January 02, 2015

ホノルル記(6)

そういうわけで、14日から29日までホノルルにいたのですが、我々の後を追うようにして(嘘)19日にはるばるワシントンDCから来たのがオバマ大統領一家。ホノルル郊外のカイルアに家を借りているのだとかで、近所の人は大変らしいです。でも、ホノルルに比べると街が小さいし、観光客も行かないので、一般市民が受ける影響は少ない。

私と友人Kはオバマのニュースも気にせず遊んでました。気にしたって、ニュースに出るのはコトが起こった後なのでおっかけができるわけでもない。27日(土)の夜、私とKが、サウス・キングの山源に夕食を食べに行った時、食事の前も後もなぜかサウス・キングにパトカーだのおまわりさんだのが多かった。緊急な様子ではなく、なんとなーく立っている。市民も数人、歩道に出てしゃべってる。

後で聞いたら、オバマ大統領一家がアラン・ウォンに来ていたらしい。大統領夫人=ミッシェルが大好きだとかで毎回必ず行くんだとか。かなりおいしいという噂ですが、そんな高いとこ、肩が張って私は嫌です。

だけどあの晩、パトカーだのおまわりさんを尻目に、救急車が数分おきに何台も走って行ったのは、何だったんだろう。私は勝手に、オバマ大統領一家が防弾ガラスの要人専用車に乗るかわりに救急車でカイルアまで帰ったにちがいないと憶測しています。だって、どう見てもオバマ大統領が乗っているような車じゃぁ、みんな着いていっちゃう。救急車ならついて行かない、っていうかついて行けない。私の説、誰も信じてくれませんが、、、じゃぁ、誰かオバマ大統領が乗っている車を目撃した人、いるのか?いないだろ?そりゃぁ、誰にもわからないように行くんだから、、、

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January 01, 2015

ホノルル記(5)

食べ物の話を続ける。日本人として驚いたのは、Furikake と Mochiko の普及。

両方チキンとかサーモンとかつけると、それでレストランの一品になる。ふりかけは、おそらく焼いてからかけて出す。他方餅粉は、かけてからオーブンかフライパンで焼くのではないかと思う。それ以外にも、いろいろ使い方はあって、餅粉の入ったケーキやクッキーは食感がもちもちしていて好まれる。

そうそう、ハワイの食材を売っている店ではふりかけの大袋、丸美屋の20袋以上はありそうなのが$2で売っていた。(「丸美屋の」というのは、小袋ではなく、家庭用の方。)

日本のみたいに、たまご味とかシャケ味とかも当然あるが、最も普及しているのはアラレと海苔とゴマを主体としたもので、なるほどこれなら料理にも使えると思えるのだ。

別に何をどう使ってもいいんだけど、レストランのメニュー、、、それも写真つきのやつに堂々と Furikake なんちゃら、とあると初ハワイの私としては、大いにのけぞってしまうのであります。

それにお金を払うのが嫌だったわけではありませんが、一度も注文しませんでした。次回?ううん、どうかなぁ、、、Furikake とか Mochiko とかって書いてあるから、特においしそうとは思わないのは私だけでしょうか?まずそうだなんて思わないけど、わざわざそれをレストランで?っていう感じはする。家で作ってみるぶんには面白そうかも。

(つづく)

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December 31, 2014

ホノルル記(4)

いや、これじゃいかん!もちょっと一般受けしそうなのを書こう。

かき氷対戦。私は途中で「もういいよ」状態だったんだけど、友人Kは私が食べたいと思ったのか、自分が食べたかったのかわからないが、車を東奔西走させてあっちこっちのかき氷屋に私は連れまわす。英語でシェイブ・アイス、Shave Iceっていうやつ。Shaved Iceじゃなくて、Shave Iceらしい。文法上、それでいいんかい??

最初に行ったのが、Waiola ワイオラ。ワイオラ・ストリートにある本店に行ったんだけど、昔の駄菓子屋を思い出すような店構え。私はオーダーする物を間違えた気がして、後でもう一回行きました。最初何をオーダーしたかと言うとRed Beans with Mochi Balls. 日本語で言うと何?小豆+白玉+抹茶+コンデンスミルク。この小豆は、こしあんでも、つぶあんでもない、あずき。ちょっと固ゆで。固すぎ。抹茶の味よりも、コンデンスミルクが勝っちゃって、、、日本人としては、白玉は嬉しかったんだけど、、、ただ、ワイオラのすごいのは、氷そのもの。まるで雪みたいに、細かく、ふんわり。そう、これは雪!氷なんて呼んじゃいけない、雪です!!二回目は、観光客らしくレインボー。ほとんど何味かわかりません。だいたいかき氷なんていうのは、最初の何口かは別として、口が冷たくなって甘い以外には味がだんだんわからなくなるもので、、、

次に行ったのはハレイワの松本。さまーずが何度か行ったらしく、写真が何枚も出ている。何度か行ったんだろうと思うのは、写真によってさまーずの服が違うから。敗者復活戦じゃないが、メニューの右上にあるオリジナル、つまり開店当初からのメニューの中から、Green Tea Special – Shave Ice with Green Tea syrup, drizzled with condensed milk,then topped with a scoop of ice cream, azuki beans and mochi balls.さすが日本人がやっているだけあって「正しい」和風だった。抹茶がしっかり、小豆はちゃんとつぶあん、つぶあんというのは粒だけではありません。半分つぶして、半分は粒が残っている、つまり全部ペースト状になるまでつぶしていない。そんなこと、人に言われなくてもわかる?でも、ワイオラはそうじゃなかった。一人前のグラタン皿ぐらいのお皿、、これも食べられる。確かに食べられるけど、これは大したことはなかった。我々の後に同じものを注文した若者が、まだかき氷がたくさん載っているのにお皿を端からかじり始めちゃって、溶け始めた汁がこぼれて慌ててました。あほっ!これは、サーフィング大会の交通渋滞に巻き込まれながらも出かけていった甲斐がありました。

その次は、どこだったか、、、あ、そうそう、台湾風。台湾風というのは、氷の固める前に味をつけて、それをかき氷状にするので、シロップをかけたりはしない。シロップをかけて、せっかくかっこよく盛ったかき氷が「お行儀悪く」形が崩れることもない。季節柄、エッグノッグ味を注文。普通のと違うので、比較できませんが、おいしかったです。店内で食べたんだけど、店内の冷房がききすぎて寒かった。ドアを開けて店に入ると、右側店の四分の一がけん玉屋さんなのが印象的。ちゃんと見なかったけど、陳列されているのを見る限りでは、なにやら上等そうなけん玉です。Frostcity という店。

次に行ったのが、ワイキキのロイヤル・ハワイアン・センターにあるアイランド・ビンテージ。ここは普通の店の倍ぐらい高い。なぜかと言うと、普通の店が液状シロップをかけるのに対し、ここではシロップにみじん切りのフルーツが入っている。「フルーツ味」の味がするんじゃなくて、フルーツの味がする。子供がおこずかいで暑い日に食べるには高すぎるけど、バケーション予算の大人が堪能するのなら、一度ぜひおすすめします。

最後に行ったのが、島津。住宅街の中に忽然と現れ、長い行列のできる島津は、サイズが売り物。大きい「だけ」なんていうことはないけど、味は普通かなぁ。早く食べないと溶けちゃうとあせって、頑張りすぎて口が凍りました。もう、こうなるとしゃべれません。何言ってるんだかわからない。12月にかき氷食べるからいけない?いえ、そういうことはない。25℃はあったので、十分暖かかった。しかしこのハワイっていうやつ、12月でこうも暖かいと、いったい8月はどうなるんだろうね。

(つづく)

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ホノルル記(3)

ホノルル市内、McCully と S Kingの角にMcCully Chop Sui(マカリー チャプスイ)のネオンサイン。ホノルル出身の友人Kは「おお、子供のときに家族でよく行った!」と感動しているので、じゃぁ是非私も、、、と思ったら、そういうわけにはいかない。彼が言うには、昔はあっちこっちにチャプスイ・レストランがあったのに、今でも残っているのはここぐらい、、、と思ったら、あら残念。本土が長い友人Kは知らなかったらしいが、2006年に閉店している。それでも50年以上市民に愛され、歴史的価値があるというので、ネオンサインだけ残されている。市役所は「まぎらわしい」というので文字通り「看板を下ろす」べきだと言っているらしいが、市民が反対しているんだとか。私と友人Kみたいなのが、ときどきいるんだろうね。

チャプスイというのは、漢字で雜碎と書くらしく、基本的には「余り物で作った油炒め」程度の意味しかない。中国ではそいういうレストランはないらしく、昔アメリカで「中華料理屋」という程度で使われた言葉らしい。最近は「中華料理屋」どころか、ここは広東料理だとか、四川だとか言うようになったので、あいまいなチャプスイがなくなったらしい。友人Kと私は、「じゃぁ、どこに行ったらチャプスイが食べられるんだ?」という話になって、オアフ島西部のワイアルアにある、Chopsuei Kitchenまで行ったんだけど、一目見て「こりゃだめだ」中まで入りませんでした。

そういうわけで、言ったことがないのでチャプスイがどんなものなのか、わかりません。駅前の明るい四川料理レストランに比べて、駅裏の来来軒みたいな、そんなイメージを描いています。半チャンラーメンがあるとは思わないけど。

(つづく)

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ホノルル記(2)

数年前、副大統領候補だったアラスカのサラ・ペイリン女史、5、6箇所の大学を転々としたようで、その中のひとつにホノルルのハワイ・パシフィック・カレッジがある。本当か嘘か知らないが、ホノルルを去ったきっかけは「白人が少なかったから」だとか。今回私が「ハワイに行く」と言ったら、友人のメリサ(白人)が「ハワイって、なんであんなにアジア人が多いの?」と。読んだばかりの知識をひけらかして、教えてあげました。「白人がそれまでハワイになかった病気を蔓延させハワイの先住民の数が激減し、砂糖きび農園で働く人がいなくなった。それで中国や日本から大量に移民を呼び寄せたから」。今では、40%近くいるアジア系のうち、最も多いのがフィリピン系。そう思って見ると、日本人や中国人より、少し色が濃く、目鼻立ちがはっきりしているアジア人が多いような記がする。

ワイキキのビーチは白マグロがごろごろ、サーファーも白い人が多いけど、住宅街やオフィス街になると、白人の率がぐっと減る。ウィキペディアによると非ヒスパニック白人が23%近くいるらしいが、「そんなに多いの?」という印象。みんな日焼けしてるからかも。

そういうわけで、アジア系の顔が大変多い。これを「心地よい」と感じるか「居にくい」と感じるかは人による。私は2週間の滞在ではどっちか決めかねる。観光地以外のところで、日本語を聞く確率がサンフランシスコより高い感じがして、そういうとき私はちょっと緊張してしまう。「これでもかっ!」っていうほど、観光客が来る可能性のある場所では、どこでもここでも日本語の表示があるので、そういうのも「日本にいるよう」なのか「アメリカにいる気がしない」のか、、、(同じか?)

でも、日系文化センターの移民展示には、日本語の解説がなかったような気が、、、日系文化センターのホームページも日本語ページはない。昔から何代もいて日本語を話さない日系人と、日本から来て日本語を話す日本人、、、何か不思議な関係があるような気がする。同じジャパニーズなんだけど。

Hapaハパというハワイ語があって、これはもともと白人とのハーフのことを指したらしいが、最近はハーフに限らず複数人種ミックスの人のことを言うらしい。Haoleというのは白人のことで、Hapa Haoleハパ・ハオレというのは、厳密には白人半分、つまり片親がヨーロッパ系。でも、白人の血が混ざってれば、みんなハパ・ハオレらしい。ハワイにキャプテン・クックが来て以来、長い年月が過ぎ、「半分」なんていう単純なミックスではなく、一見「白人」と思われる人でも実は、先祖の血筋を数えると話が長くなる人が多い。「XXさんは白人だから」なんて簡単に言うと、「いや、あの人は、、、」ってなるので、もうよくわからない。もうよくわからないのって、私は好きです。限定できないこと、しないことが楽だと感じます。

(つづく)

sabala at 13:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

ホノルル記(1)

14日から29日まで、たっぷり二週間、ホノルルに潜伏。ハワイなんて、オシャレで皆んなが行くとこ、ずっと敬遠してきたんだけど、なぜか機会があって行くことに。友達Kの弟2の家に泊めてもらったので、宿泊無料。ホテルのことは知らない。友達Kの家族はネイティブハワイアンではない。白人でもない。祖先が1850年ぐらいに移民してきた中国系。1850年じゃぁ、もう何代前のことかもはっきりわからない。中国語なんか全然話さない、中華料理は大好きだけど、自分じゃぁほとんど作らない。そういう家族です。もう、生粋のアメリカ人というか、、、、完全なホノルル人。

敬遠してきただけあって、私はハワイのことは何も知らない。で、あわてて本読みました。「ハワイを知るための60章 明石書店」これは完読。カメハメハは大王様だけじゃなくて、5代もいたとか、砂糖きびプランテーションでは、日系人、中国系だけじゃなくて、ポルトガル系もいたとか、いろいろ学習しました。"Family Torn Apart, Edited by Gail Honda" 読んでる途中で図書館の返却期間終了。アメリカ本土の日系人収容所についてはある程度知識があったんだけど、基本ハワイは「人口の半分近くが日系人だったので、全員収容所に入れることは不可能。そこで、学校の先生やお寺のお坊さんなど、コミュニティーに影響力のある人物だけ収容所に送られた」程度の基礎知識しかなかった。この本は、ヒロの学校の先生をしていた尾崎氏が終戦後ラジオ番組で収容所の体験をラジオで連続シリーズ放送したときのノートを編纂したもの。"Oahu Revealed" ハワイ全体のガイドブックが多い中、これはオアフだけ。当然ホノルルが中心になるけど、それでもちゃんと全島カバーしてます。ガイドブックだから、1ページ目から全部読んだりしない。適当に斜め読み。ハワイからアメリカ本土に帰るとき「帰国する」と言わないように、とかツボを押さえている感じはあるが、この本で連呼するほど食べ物が高いとは感じなかった。当然リンゴとか、ハワイでは作れない農産物は値段が高めにはなる。おそらくこれは、ホテルに泊まる人たちが行くレストランの値段が高いという意味に違いない。そんなところには行かなかったので、私には無関係。

行くからには目的を持ったほうがいい。日本人としては、第一目的はやっぱり真珠湾でしょう。Remember Pearl Harbor のTシャツ買ってきました。アリゾナ記念館に行く船に乗る前に見る映画の中で、山本五十六のことをIsor"u"kuと字幕が出て、ナレーターもその通り、イソルクと発音していたので、記念館にメール打っておきました。それから、カメハメハ大王の像の前で、ドラゴンボールのカメハメ波を打つポーズで写真を撮る。これも日本人としては、はずせない。写真見てから反省しました。ちゃんと練習しておけばよかった。大王様、私のへなちょこカメハメ波でもお許しいただけるでしょうか?それとそれと、ホノルル日系文化センターの移民関係の展示「おかげさまで」を見学すること。こういうのを見ると、本で読んだり、街で感じたことが、よりよく理解できます。なかなかよくまとまった、展示でした。

(つづく)



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May 17, 2014

5/15 C/2.5/26 Half Moon Bay to Tunitas Creek + Sacramento st. 3h23 min, 39.2mi

わざわざハーフムーンベイまで行って26マイルしか乗らないのも、なんだかなぁ。
毎度のことながら、リーダーのキャシーをぶっちぎって、皆前へ前へ。失礼なんじゃない?モリーンが悪い!

sabala at 06:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

May 13, 2014

5/12 仕事+α 3h29 37.9mi

自転車に乗りに行ったのではなく、ジテツーや用足しで37.9マイルはいい。
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sabala at 22:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)