January 03, 2015

ホノルル記(7)

昔から日系人が多く、日本人観光客も、また戦後移住した日本人も多いホノルルです、別に日本語が聞こえたり、お寿司がおいしくても驚いたりはしません。でも、驚くこともありました。

ハワイの植物について知りたいと言ったら、連れていかれたのがモアナルア・ガーデン。予習なしで突然行ったのに、入った途端あのCMソングが口をついて出る。♪この木何の木、気になる木♪ 私が知ってるぐらいだから、かなり昔のCMソングです。でも、若い日本人観光客もいっぱいいたので今でもオンエアしてるんでしょうか。何のCMなのか、全く記憶にありませんでしたが、日立なんですね。(日立さん、ごめんなさい)

モアナルアに行く前から、きのこ状の巨木がスーパーの駐車場などにあって、日差しの強いハワイでは木陰というのは何よりもありがたい。駐車場全体にこの巨木が並んでいると、日陰を探して車を止める必要がなくなる。一緒に行った友人Kは、ホノルル出身なので私が「あの木、何の木?」と聞くとすぐに「モンキー・ポッド」と答えてくれました。モンキー・ポッドの中でもひときわ大きいのが、モアナルアの入り口から二本めの木。一本めのところで記念撮影している日本人、それじゃないそれじゃない。

運良く我々が行った時は、ほかに2、3人しか園内にはおらず、ゆっくり散策して回ることができました。大きなモンキー・ポッドのイラストに Konoki Nanno Ki と文字が入ったTシャツをおみやげに買って、車に戻った頃、ちらほらと雨。それと同時に、なぜか次々と観光バス。当然日本人ばっかり。雨降る前、観光バスが来る前でよかった〜

ちなみに、この木は「名前も知らない木」ではありません。地元の人はみんな知ってます。木は「日立の樹」と命名され、日立がおそらくお金を出しているのではないかと思います。「日立の樹」と書かれた日本語のパンフレットも用意されています。

それから、もう一つ驚いたのは、神社。サンフランシスコには日系のお寺や教会はいっぱいあるのに神社がない。以前はストックトンまで行けばあったんだけど、それがワシントン州に引っ越してしまった。宮司さんはアメリカ人(白人)。行ったことはないんだけど、どうやら山の中らしい。

ところが、ホノルルの中心をつっきる高速道路H1から何度も見かけたのが「金比羅神宮、太宰府天満宮」の看板。二つの看板が仲良く並んでいる。まったく違う神社でしょ?隣どおしなの?どうやら、建物としてはひとつで、この二つだけではなくその他5つの神社が合体している。ちゃんとホームページに歴史が書かれているが、要するに日本全国から移民が来て、みんな地元の神社に行きたいものだから、あっちこっちの御分霊をもらってきてハワイ分社を作った。でも、いちいち建物を建てるのはめんどくさいから、一箇所で全部やっている。こんな便利なやり方があったとは???これは、何度も高速道路から看板を見ただけで行ってません。

行ったのは出雲大社のほう。ネットのレビューで「ハワイ出雲大社」のお守りが珍しくてウケてるとあったので、私も買ってきました。オフィスのほうでは、信者(?)のボランティアが大勢一緒に作業してました。さまーずが行って有名になったらしいけど、私が行ったときも狭い境内に10〜20人の参拝客がいました。わざわざ神社に行こうと思ったのではなく、中華街のはずれでラーメン食べてたら、りっぱな鳥居が見えたのでスマホで調べてみたのです。そんなに神社がいっぱいあっても、つぶれないぐらい需要があるんですね。1860年とかから来ている日系人の子孫は、絶対神社なんか行かないだろうから、最近の移民が後を絶たないっていうことでしょうか。普段は神社なんかいらない(笑)けど、初詣、七五三とか、、、やっぱりないと寂しいかも。

ホノルル滞在中は、友人Kの弟(=A)の家に居候。ある朝、Kと私が「今日はどこに行こうか、ランチはどこがいいかな」みたいな話をしていたら、Aが「Shirokiyaに行けば?」という。ネイティブの英語なので、最初何のことかわからなかった。私が「え?」っていう顔をすると、丁寧に「シロキヤ」と発音してくれました。白木屋?昔そんな名前の飲み屋さんがあったような、、でも、そういう話はしていない。「シロキヤって何?」と聞いてみると、「日本のデパート」という話。私は東京の出身なので、東京にないデパートは知らない。きっと地方のデパートだろうぐらいに思って、その場は適当に話を流す。実際に行ってみると、季節柄お歳暮売り場が立派でびっくり。立派と言っても日本のデパートに比べたら大したことはない。品数も大したことがないが、商品も大したことはない、、感じがしました。私はハワイでお歳暮をあげる人はいないので、特に注意して見なかったけど、紙箱入りのおせんべいのようなものが多かった印象。

その日は、お弁当売り場で、ポケだのスパム・ムスビだの買って、ビーチで日本人の新婚さんの写真撮影(なんと12組!)を見ながら、ゆるゆるのハワイアン・タイム。SFに帰ってから「あの白木屋って何だったんだろう?」と調べてびっくり。

ウィキペディアによると慶安年間(1662年、家光の時代)に京都の材木屋だったのが白木屋のはじまりで、(ああ、材木だから、白「木」屋か、、)、江戸に移って呉服屋になって、百貨店になった。戦後、東急電鉄に買収され、国内では白木屋の名前はなくなったにもかかわらず、買収の数年後にはハワイに白木屋の名前でデパートを開店。2001年に海外事業からの撤退を決め、マウイ店とパールリッジ店を閉めたが、3万人の嘆願書をウケ、アラナモア店は閉鎖せず、店舗とその経営権を現地経営陣に1ドルで売却。Shirokiya のホームページには1662年に東京の乾物屋として始まったと書いてある。お歳暮は別としても、多くの商品は日本語を介さぬアメリカ人や観光客も興味を持ちそうな「ジャパニーズ・アイテム」が多く、ホームページも英語のみ。ホームページでも「350年の歴史」とかうたってるので、現地の人も日本人の私なら「白木屋の名前を知っているはず」と思うのも当然のこと。

(つづく)

sabala at 12:56│Comments(0)TrackBack(0)

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